度々、Twitter界隈でも投稿されている話題「楽器演奏者に筋力トレーニング(筋トレ)は必要なのか?」
以前投稿したブログ記事「音楽家もアスリート!」にて、全身運動としての動きは少ないものの、指や腕への負担は大きく、日々のケアが必要であることをご紹介しました。
楽器演奏のよる指や腕の筋肉のオーバーワークは多く、座奏・立奏において姿勢良く安定して楽器を構えられる必要があるため、ヨガやピラティスを取り入れているという方の話を聞く機会は多いです。
では、筋トレはどうでしょうか。筋トレと聞くと「ムキムキになる」「筋肉が太くなる」とすぐに浮かんでくる方もいらっしゃるかと思います。本当にそうなのでしょうか?
今回は、解剖学・運動学・生理学的観点から理学療法士として筋力トレーニングをどう捉え、音楽家のコンディショニングに活用しているかを解説していきます。
筋力トレーニングと聞いて、どういったことをイメージされるでしょうか?
- ムキムキになる
- 筋肉が太くなる
とイメージされる人が多いのではないでしょうか。
実は、筋肉を太くするだけが筋トレではありません。
- 筋肉を太くするためのトレーニング
- 筋肉全体を運動に参加させるためのトレーニング
- 筋持久力を高めるトレーニング
- 姿勢を安定させるトレーニング など
目的によって筋力トレーニングは異なります。
上記の中でも、楽器演奏者にとっては、筋肉を太くして腕を太く見せる必要はなく、今持てる筋肉全体を演奏動作に活かせる、1回の公演を演奏しきれる筋持久力を高めるといった要素のほうが重要です。
また、猫背・巻き肩などの姿勢の崩れによって指や腕への負担は大きくなるため、演奏中の姿勢を安定化させるトレーニングも大切です。
実は、筋肉全体を動かせるようにするトレーニングや筋持久力トレーニング、姿勢を安定化させるトレーニングも総じて筋力トレーニングといいます。
ですので、「楽器演奏者に筋トレは必要ない」という言い方には少々語弊があるのです。それには筋肉の構造を理解するとより理解が深まります。
みなさんは、筋肉本来がどういう構造になっていてどう使われているのかご存知でしょうか?
人間の筋肉の構造は以下の図のよう、複数の筋線維の束を筋周膜という膜によって束ねられた状態を筋線維束であり、複数の筋線維束が筋膜によって束ねられたものを筋と呼びます。筋力自体は筋線維それぞれが収縮を起こすことで発揮されます。
人間が動く際に、筋線維がすべて活動していると思われがちですが、実は全ては活動していません。運動不足だったり筋力が衰えたり、特定の筋肉しか使っておらず普段使わない運動があると活動する筋線維の数は減っていきます。
筋肉を伸び縮みさせ、神経・筋に刺激を与えて使える筋線維を増やして筋収縮能力を高めることによって、筋肉を太くしなくても効率よく筋肉を動かすことができ、繊細な楽器演奏者の指の動きや腕の動きにつながっていきます。
楽器演奏者は、特定の楽器を使用し一定の姿勢を保ちながら演奏される機会が多いため、筋肉の使い方も左右非対称であったり限定的な動きであることが多く、使われない筋線維が多いことが考えられます。普段使わない筋肉は別途刺激し、故障につながる筋力バランスの崩れを極力抑えていく必要があるとハルモニアでは考えています。
先程、楽器演奏家に筋トレは必要ないと言ってしまうのは語弊があるといいましたが、では、どんなトレーニングが楽器演奏家にとって適しているのでしょうか。
先に述べてきた使用する筋線維の量を増やす・筋持久力を高めるためには、低負荷高頻度の筋力トレーニングを行うのが適しています。
筋肉には、速筋(白筋)と遅筋(赤筋)と呼ばれる筋肉の種類があります。速筋は、瞬間的に強い力を発揮できる筋肉のことで、主に酸素を使わずに筋収縮を起こします。遅筋は、持続的に長い活動に適した筋肉であり、酸素を消費しながら筋収縮を起こします。低負荷高頻度筋力トレーニングは、遅筋の強化に用いられるトレーニングです。
例えば、連続30回同じ動作を繰り返せる負荷量で運動を繰り返す方法があります。使うものはマシンや重たいウェイトではなく、ゴムチューブや500gのダンベルといった負荷量の軽いもので反復運動を行うことで筋持久力を強化する筋力トレーニングになります。
この方法は、故障も少なく行える方法とされておりますが、負荷量は個人にて異なるためハルモニアにご相談いただければ指導いたします。
筋肉の構造の理解や適切な筋トレについての認識を踏まえて、楽器演奏者にとっての筋力トレーニングのメリット・デメリットを解説していきます。
楽器演奏者にとって挙げられる筋力トレーニングのメリットは、
- 神経・筋機能の働きを促す
- 安定した演奏姿勢を保持できるようになる
- 肩こり・腰痛などの不調の予防ができる
- 身体の使い方のバランスを整えることができる
- 演奏中の疲労を軽減できる など
が挙げられます。一般的に筋肉を使ってあげること得られる恩恵は、神経と筋肉の働きを促すことができるということです。自分が思うように身体を動かせていないときは、脳からの電気信号をうまく神経を通して筋肉に伝達できていないことも考えられるためこういった場合は筋トレは有効です。
座奏でも立奏でも演奏姿勢が安定していることでブレスコントロール・フィンガリングが行いやすくなり過剰な力みなどが生まれにくくなります。「反り腰にならないように骨盤を立てて!」「猫背にならないように背筋を伸ばして!」のようなことがうまくできない場合は、特に体幹や肩甲骨周囲の筋力は、楽器を支える腕を安定させるためや首・肩周囲の負担を増やす原因となる猫背や巻き肩を改善・予防することにつながります。
また、左右非対称な演奏姿勢や特定の指の動き・腕の動きを用いる楽器において、筋力バランスが整っていることで身体の不調を起こすリスクを軽減することができます。
また、筋力トレーニングを筋持久力強化を目的に行うことで、演奏中の体力向上につなげることができます。
これらのことは演奏練習での反復練習でも鍛えられる部分はありますが、筋力バランスを整えたり、姿勢を安定させるといったことは筋力トレーニングを行わないと解決できない部分です。
楽器演奏者にとって、筋線維が太くなる・筋力がつきすぎる・筋線維全体がうまく使えないことでのデメリットがあります。それは
- 音の強弱や細かい動きが行いにくくなる
- 自己流のトレーニングは、故障の原因になる
- 追い込む系の高負荷をかけるトレーニングは、腱鞘炎・ばね指・肩こり・フォーカルジストニアにつながる など
といったことが挙げられます。筋線維が太くなればなるほど瞬間的に発揮できる筋力は強くなるもの、ボウイングなどの際の弓の当て方の強弱のコントロール、特に緩やかな音や弱い音を表現するのが難しくなります。筋骨隆々な方の演奏を聴くと音が硬いといった感想が出てくるのはそのためです。
筋力トレーニングといっても方法はいろいろありますが、目的もなくただマシントレーニングやウェイトトレーニングを行うのは故障の原因になります。先にも述べましたが、楽器演奏は左右非対称な姿勢が多く、右上肢・左上肢で日頃活動させている筋肉が異なる場合があります。対象的な筋力トレーニングはときに左右差を悪化させる可能性があるのです。
さらに、演奏中に使用している筋肉に負荷をかけるトレーニングは、オーバーワークにつながる原因となり、筋肉や腱、腱鞘といった部分の炎症を伴いやすくなります。主に腕橈骨筋や指屈筋群、上腕二頭筋など演奏時に多用する筋はトレーニングよりもしっかりとストレッチをすることが重要であり、また相反する筋機能を伴う筋を刺激してあげることで筋肉を使うバランスを整え、オーバーワークを起こしにくい腕・指の使い方に変えていく必要があります。
今回は、音楽家に筋トレが大切なのかについて理学療法士的な観点から解説しました。「楽器演奏家に筋トレは必要か」についてハルモニアとしての答えは、「必要な人もいれば必要ない人もいる」です。
筋トレが必要是非論争は、身体の構造の理解が不十分であるところから始まっているのではないかと考えています。
どうして自分の体に不調が起こるのか、なぜ筋力のバランスが崩れているのかを知ることができれば筋トレが必要なのか必要ないのか導き出されてくるのです。
特定の筋肉ばかりに負担をかける演奏となっているのであれば、その筋肉の動きに対比する筋肉を低負荷高頻度の筋トレで刺激し、筋線維の量を増やしていくことは悪いことではなく、むしろ良いことであるとハルモニアは捉えています。
繊細な音の表現には、演奏練習を行って運動学習を行うほうが理想的かと思いますが、曲を最大筋力を鍛える筋トレは必要ありませんが、繊細な動きを持続して行える筋持久力を鍛えるトレーニングは必要と言えるのではないでしょうか。
ブレスコントロールも同様です。下部腹筋群をうまく使えない管楽器奏者の方は、下部腹筋群を使えるようにトレーニングすることが必要と言えるでしょう。
筋力トレーニング自体の是か非かは、自分の演奏姿勢や演奏中の身体の使い方によって決まります。演奏姿勢が左右非対称であったり、演奏する楽器の特性による使う筋肉の違いなどによって刺激をするべき筋肉、ストレッチするべき筋肉が異なるのです。
ハルモニアでは、演奏姿勢をもとに身体に掛かる負担をピックアップし、必要な筋トレやストレッチをご提案しています。
音楽家の体のケアは必要不可欠です。一人でどうにかして解決しようとして身体の不調に悩む前に是非一度ご相談ください。
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