音楽家・ミュージシャンの方は、『フォーカルジストニア』『局所性ジストニア』という言葉を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。自分がなっていなくても、お友達や知り合いがジストニアになって悩んでいたり音楽活動を引退してしまったというお話を聞くことも。
ロベルト・シューマンは、右手中指薬指に患ってしまったことから演奏家から作曲家へと転身しとされ、2021年に大人気バンドAlexandrosのドラマーである庄村聡泰さんが局在性ジストニアが原因でバンドを勇退したことは記憶に新しいかと思います。
バンドでなくても、クラシック曲を演奏される方にも起こり、バイオリン演奏中に弦を押さえる左指の中指や小指が曲がったまま伸びなくなってしまったり、ピアノ演奏中に薬指が曲がってきてしまうなど、演奏に支障をきたす自分の意図とは異なる指の動きが出てしまう病気です。
今回は、『フォーカルジストニア』について解説します。
フォーカルジストニア・局在性ジストニアとは一体なんなのか。医学的な情報に基づいて少し詳しくご説明します。
ジストニアというのは、音楽をしない方でも起こりうる病気です。日本脳神経外科学会広報委員会および日本脳神経外科コングレスが合同で作成している『脳神経外科疾患情報ページ』には以下のように記載されています。
ジストニアという病気は、筋肉の緊張の異常によって様々な不随意運動や肢位、姿勢の異常が生じる状態をいいます。ジストニアには、全身の筋肉が異常に動いてしまう全身性ジストニアと、局所のみの筋緊張の異常による局所ジストニアに大別されます。症状は筋肉の異常収縮によるものですが、筋緊張を調節している大脳基底核という部分の働きの異常によっておこると考えられています。原因のわからないものを本態性ジストニア、脳卒中や脳炎などの後遺症として起こるものを二次性ジストニアと呼びます。本態性ジストニアの中にはDYTという遺伝子の異常による遺伝性ジストニアというものがあり、15の型が知られています。日本では瀬川病と呼ばれるDYT5ジストニアと捻転ジストニアと呼ばれるDYT1ジストニアが主で、これらは主として小児期に症状が出現します。局所ジストニアでは、目のまわりの筋肉が異常収縮して目が開けられなくなる眼瞼けいれん、首の筋肉の異常によって首が曲がってしまう頚部ジストニア(痙性斜頸とも呼ばれる)などがあります。書字や楽器演奏などきまった動作時だけ症状がでて動作が妨げられるものを、動作特異性ジストニアと呼び、書痙の多くがこれに含まれます。これらは特定の職種に生じる傾向があり職業性ジストニアとも言われています。また精神疾患に用いる向精神薬の影響で出現するジストニア症状を遅発性ジストニア(tardive dystonia)と呼びます。
脳神経外科疾患情報ページ
ジストニアには全身に現れるものと、身体の一部分にしか現れないものがあります。後者にあたる身体の一部にしか現れないものを局所性ジストニア、すなわちフォーカルジストニアと呼ばれています。
また、症状の現れ方に違いがあり、常に症状が現れているタイプと時々にしか症状が出ないタイプがあります。後者は普段なんでもないのに、特定の動作を行おうとすると筋肉が緊張する特殊なものがあり、動作特異性ジストニアや職業性ジストニアと呼ばれ、音楽家のジストニアも多くもこのタイプに属します。その他に代表的なジストニアの症状として字を書くときに現れるものを書痙といい、スポーツ中にうまく動作ができなくなるものをイップスと言ったりします。
フォーカルジストニアの病態生理ですが、『作業療法』という雑誌に掲載されていた論文に以下のようにあります。
フォーカルジストニアの病態生理については、大脳基底核の変性や視床求心路の機能不全が誘引であるという報告があるが、痛みや筋性疲労を我慢して長時間演奏することによる求心路の異常な感覚入力が、主たる要因であることが明らかになりつつある。この慢性的な異常感覚が要因と思われる大脳皮質内で、筋緊張の抑制系への興奮を異常に抑制することにより、罹患部の筋緊張が亢進すると報告されている。
田辺浩文ほか.フォーカルジストニアの軟部組織に対するアプローチの実践.作業療法, ,2019年,38巻,4号,p. 505-510p.
また、
フォーカルジストニアの発生要因を調査した研究では、完璧主義や不安が強いなどの心理的傾向が関連しているといった報告や、練習量が他の音楽家と比較して極端に多いことの他、罹患した指の酷使による軟部組織の短縮や、疼痛に対するメンテナンスをすることなく過酷な練習を行い続けることも、フォーカルジストニアの潜在的なトリガーとなり得ると報告されている。
田辺浩文ほか.フォーカルジストニアの軟部組織に対するアプローチの実践.作業療法, ,2019年,38巻,4号,p. 505-510p.
上記の記述を踏まえると、痛みや筋肉の疲労を我慢して長時間演奏することが脳か体を動かすエラーを起こす要因になりえることが予測されます。
そのため、演奏が上達したいがためにがむしゃらに練習することや、指のこわばりや手首の痛み、肩の張りなどを抱えたまま演奏を続けることがフォーカルジストニアになる原因になるといいても過言ではないでしょう。
ただ、楽器演奏者は「練習してなんぼ」と身体を酷使してまで練習するという根性論のようなものが日本にはまだあり、ちょっとした指のこわばりや筋肉の張りはそのままにしてしまう、自然回復に任せてしまう人が多いのです。
音楽家のジストニアの典型的な症状として、演奏中に突然指が曲がってしまう・伸びてしまうといった指の動きがいうことを効かなくなるというのがあります。また、筋肉が勝手に引き連れて指のコントロールが効かなくなる場合もあります。その他、手首の運動が主体の打楽器では、手首が勝手に曲がってしまう症状があります。
音楽家のジストニアの症状の内訳は、音楽家医学入門という書籍によると
巻き込まれるような動き | 66% |
隣接指に引き寄せられる動き | 16% |
浮き上がる動き | 9% |
左右に不安定 | 3% |
背屈(手の甲側に手首を返す) | 3% |
背屈時の尺屈 | 3% |
とあります。また罹患側に関しては、
右側 | 56% |
左側 | 41% |
両側 | 3% |
罹患側と楽器の関係をみるとピアノとクラリネットでは右側、弦楽器と打楽器では左に多い傾向がありました。
音楽家と医師のための音楽家医学入門
とあります。この要因としては、ピアノなどはオクターブ押さえるときに小指を大きく開き打鍵するのですが、薬指を同時に打鍵する機会が少なく、空間に曲げたて保持していることが多いため、バイオリンやチェロ、ギターなどは弦を指板に押し当てる際に力を必要とすることで起きやすいと考えられます。
その他、罹患部位に関しては、
親指(母指) | 2% |
人差し指(示指) | 9% |
中指 | 14% |
薬指(環指) | 41% |
小指 | 30% |
手関節 | 4% |
であり、尺側側(小指側)に多く発生しています。症状を克服するために練習が必要と思い込み、さらに演奏練習に努力を傾注するにつれて症状が悪化するという経過をたどります。
音楽のジャンルは、クラシック音楽がほとんどを占め、ジャズやポップスはまれです。これはクラシック音楽には演奏に厳格さが求められジャズやポップスでは演奏の自由度が高いためと考えられています。
音楽家に発生したフォーカル・ジストニアに対しては種々の治療が試みられていますが、決定的な方法が無いと書籍「音楽家医学入門」には記載されています。
現在取り組まれている治療方法としては、理学療法士や作業療法士が
- 指先を固定する軟性装具の装着して意図しない指の動きを強制的に制限して指の使い方を練習する
- 指の過剰な動きを制限するテーピングを実施して指の使い方を練習する
- 軟部組織に対して手技を行い、指が過剰に曲がって硬くなってしまった状態をほぐす
などのジストニアが起こっている指のリハビリを行うことが多くなってきているようです。また医師による
- 内服治療
- ボトックス注射による筋弛緩作用を用いた意図しない指の動きを制限する
鍼灸師に寄る鍼治療などがあります。どんなことをしても治療効果が得られなかった場合、定位脳手術という脳の手術を行うこともあるようです。
フォーカルジストニアになってしまうと決定的な治療法が現在のところないというお話をさせていただきましたが、フォーカルジストニアにならないための予防対策として、「指・手・腕の筋肉・関節の状態を快適な環境へ保つ」ことです。
指の動きにくさを生む原因は、フォーカルジストニアのような脳機能の問題以外にも、浅指屈筋・深指屈筋・虫様筋などがオーバーユースによって筋硬結(筋肉が硬くなる)を起こすこと、屈筋腱に硬結部位ができてしまい腱鞘内でひっかかってしまうこと(ばね指)などが挙げられます。
また、脳へエラーを起こさせる原因となった指周りの筋肉の柔軟性や軟部組織の硬さを取り除くことで、フォーカルジストニアによって本来起こる必要のない脳信号を抑えられるように指の使い方の運動学習をすすめ、脳へのエラーを起こしている運動を正しく動かせるよう再学習させていくことが必要となります。
フォーカルジストニアにならないよう、予防が重要であり、がむしゃらに演奏練習を続けたり痛みを伴った状態で演奏を続けることをしないでしっかりケアをすることが重要です。
手の問題を解決すれば、症状が軽減する場合は、脳のエラーは少ないことが予測されますが、手の組織の問題を解説しても症状が出る場合は、一度詳しく病院で見て貰う必要ああるかと思います。
今回は、フォーカルジストニアについて解説してきました。意図しない動きが出てしまうため音楽家生命に関わる病気であることは理解していただけましたでしょうか。自分はまだ大丈夫と思って身体のケアをサボっていると気づいたときには発症しているなんてこともあるかもしれません。
楽器演奏によって感じる疲労や筋肉の張り・痛みに関しては、定期的なケアをおすすめします。
整体サロンHarmonia(ハルモニア)は、できる限りフォーカルジストニアの症状が現れないように、音楽家の体のケアに貢献できるように日々施術に向き合っております。
といった流れでお客様にあったプログラムを組んで対応しています。
ジストニアの症状が起きてしまっている原因を細かく評価し、異常な収縮を起こしている筋肉の緊張を緩めや軟部組織の柔軟性を引き出し、テーピングによるコントロールや硬くなった筋肉や関節組織などに対しての施術や振動機器を用いて柔軟性などの動きやすさを改善させた後、適切な運動が起こるよう運動学習やボディワークを行います。
楽器演奏中の不調を早期に発見して改善する、状態を維持するために定期的なメンテナンスを行うためにHarmoniaをご利用ください!
整体サロンHarmonia(ハルモニア)は完全予約制です。以下の予約フォーム、LINE、お電話のいずれかでご予約ください。
サービス選択・スタッフ選択・ご利用希望日時をそれぞれ選んでいただき、詳細にどんな不調でお悩みか簡単にご記入ください。
※予約フォームは24時間受け付けております。(時間帯により予約確定は翌日になります。)
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参考ページ・文献・書籍
- 脳神経外科疾患情報ページ:ジストニア
- 田辺浩文ほか.フォーカルジストニアの軟部組織に対するアプローチの実践.作業療法, ,2019年,38巻,4号,p. 505-510p.
- 音楽家と医師のための音楽家医学入門.協同医書出版